離婚の話が出たときのこと思い出してみました。

こんにちは!

先日、離婚のときのショックから立ち直った話をしました。

離婚は今身近にある問題?出来事?でもあるので、私の話も参考になるのかなと思い、今後もいろいろな角度から書いていけるといいのかなと思いました。

今回は離婚話を前妻が切り出してきたときのことを書いてみたいと思います。

なるべく客観的に書いていきたいと思いますが、私の私感はどうしてもはいってしまうことをお赦し下さい。

その頃の私はせどりも忙しくやっていて、家にいる時間が正直短かったです。いわゆる電脳せどりという楽天市場のネットショップから仕入れることもやっており、しょっちゅう荷物が家に届いていました。

前妻はそういう私を見ていて嫌になったことプラスせどりのコンサルに大枚払っていたのも気に入らなかったようです。

妻は私が公務員だからという理由が結婚の理由になっていた人なので、いわば安定志向でした。なのでそういう不安定な状況を正直受け入れることが出来ない様子でした。

離婚を切り出したときの理由が「生活費を入れるのが遅れた」からということでしたが、それもあるのかもしれないですけど、生活費の大半は私のクレジットカードで払っていたので直接の理由ではないことは明らかです。

実際離婚後の光熱水費携帯代の支払いを前妻に引き継ぐとき、その負担額にびっくりしていましたからね。私は内心そんな計算もできないのに離婚を切り出したのかと思いましたけど。

「結婚生活がつまらなかった」「話を聞いてほしかった」など言われましたけど、その件について前妻から話を切り出してきたことはなかったですから、正直アンフェアだなと思いました。

それくらい冷え切っていたんです。

ただ、私個人的にはちょうど与沢の流儀が始まってきた時期で、与沢さんから負になるものはさっぱり切ったほうが良いという言葉も聞いていました。

だからといって与沢さんの言葉がきっかけで離婚したなんていうつもりは全然ないですからね。一つにヒントにはなったということです。

ここで離婚の時期をぐだぐだ長引かせても、自分のこれからの人生何も得にはならないなと思えたんです。

一つ心配なのは子供でしたが、子供は前妻が育てるという事になり、妻から切り出した話なので慰謝料もなしということになりました。正直慰謝料をもらうことで従属している気分になるのが嫌だったのだと思います。

私はどちらでも良かったのですが、それならとあっさり手を引きました。

離婚の際の引き継ぎが終わったのが今年の1月ですが、それ以来連絡をとっていません。連絡しても話すこともないという感じです。

株式投資で利益が出たら贈与を考えていますが、相手が受け取るかはその時次第ですかね。

離婚してぼっちになって、そのギャップで落ち込みましたけど、その押し目も経験しておいてよかったと思います。

立ち直るまでの試行錯誤の時期は今の私に自信を与えてくれています。

今こういう話ができるようになったのも自分が復活した証かなと思っています。

こういう離婚のパターンもあるということで参考にしていただければ幸いです。

それではまた!

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