こんにちは!
表題の記事って定期的に出てくるような気がするのは単純に気のせいでしょうか笑。
結論から言えば「大学に行ける環境なら行った方がいい」ということになります。
なぜ大学に行ったほうがいいか、私の持論をお話します。
私は高校入学時に一つ目標がありました。それは「大学に行く」です。大学に行くためには入学試験で合格圏内に入らないといけませんから勉強する必要があります。
以前お話しましたけど高校1年の1学期で保健体育を赤点になりかけました。でも挽回しようという気になれたのは「大学に行きたい」という目標があったからです。
その「事件」のおかげで一気にスイッチが入り、勉強し始めました。本当に勉強楽しかったですよ。いろいろな科目を勉強することでいろいろな角度でのものの見方を覚えましたから、若いときは気が付かなかったですけど、今は本当に役に立っています。
余談ですけど、実は3年前くらいは某人の「大学にいかなくていい」話にはある程度賛成派でした。世の中に対して斜に構えていたんですね。お恥ずかしい話ですよ。
その後、与沢さんから「過去を統合する」話を聞いてから、自分の今までを振り返りました。
その結果、高校時代に勉強が楽しかったこと、要因は世界史でぶち抜いていたこと、ぶち抜いてからの横展開ができていたこと、一つの目標のために勉強に集中できる環境になっていたことを思い出しました。
もちろん自分が反省すべきところ、例えば父親の話や離婚の話も全て振り返り、みそぎをして結論付けてきました。
その振り返りができたので、与沢の流儀と自分の体験をミックスし、自信を持って行動できています。本当にシンプルに考えられているので楽ですよ。何よりも過去や人のしがらみがないので思い切っていろいろなことができます。
過去を統合してわかったことは世の中過去を統合できていない人だらけなんだなということです笑。過去の自分の反省すべき点、自分が成功した状態の分析をして活かせる部分を活かし、反省すべき点は反省しみそぎし、しっかり結論を付けて前に進むことをしないとすべてが中途半端ですからまた同じ過ちを繰り返すことになります。
みねしましゃちょーのターゲットになっているあの人はそのまんまですよね笑。過去を統合できていないから後ろ指さされるんです。どうやらエグい過去があるみたいですね。
あの2人の今回の話はまさに与沢の流儀の実践版なんです。みねしましゃちょーのプロセスは与沢の流儀そのまんまです。結果味方も集まってきているじゃないですか。そういうことなんですよ。
みねしましゃちょーを見ていればタダで与沢の流儀を体験できますよ。ラッキーですね。
中途半端だからねたみやっかみも出てきますしね。自分の強みがわかっていないから他責にするんです。自分の強みがわかっていないということは過去を統合できていないということなんですよ。自分の強みがわかればそこに集中すればいいだけの話なので人とかどうでも良くなります。
話を戻して、大学に行きたいという目標がなければ勉強の仕方を工夫したりする力は出なかったんだと思うんですね。その意味では大学を目標にして良かったです。
私は満鉄のことが勉強したくて歴史学科に入学しました。ただ大学の授業で一番役に立ったのは基礎歴史学でした笑。
私だけでなく他の学生も歴史学の捉え方を三国志演義的な「物語としての歴史」なイメージでいたと思います。
基礎歴史学の授業では「客観的な歴史の捉え方」ということを学びました。これは本当に重要だと思っています。これだけでも大学に行ってよかったなと。
これは私個人的な考え方なのでスルーしていただいて結構なのですが、古事記も日本書紀も私は歴史読み物扱いです。客観的に書かれているとは到底思えないからです。
別に昔のことを深く知りたいとも思わないんですね。その時代に生きていた人が現存しないわけですから、細かくわかりようがないですよね。生きていた人が仮にいたとしても、その人の世界観の話なのであって当然バイアスはかかっていますよね。結果永遠の謎なんです笑。
黒澤明監督の「藪の中」という映画がありますけど、人によって、見る角度によっていろいろな捉え方があることを教えてくれています。客観と言っても奥が深いんですよね。
今はインターネットで世界がつながっています。その中でフェイクニュースやもっともらしくポジショントークで語る人などが溢れかえっていますよね。
そういうときに一歩引いて考える力というのを基礎歴史学では教えてもらったと思います。私は感謝しています。
私は1年生の時から公務員になると決めていたので、3年生になってから具体的な勉強を始めました。勉強しながら大学に通うことができる環境は私は良かったと思います。
勉強を早く始めたので私なりの勉強の抜け道を見つけられましたしね笑。
当時の国家Ⅱ種試験は教養と専門と論文にざっくり分かれていて、専門の中で法律系と経済系の選択制になっていました。
私法律が苦手だったんですね。正直憲法とか意味分からなかったです。はじめは法律系を一生懸命やっていたのですがなかなかうまくいかない。
ちょっと気分転換に経済原論をやったんです。そうしたらドはまりしました。IS-LM曲線とか面白すぎて1日で経済原論の参考書読んでしまいました笑。
経済系の問題を解いていくうちに毎年出題パターンが決まっていることに気が付きました。いくつか公式を覚えれば解けることもわかりました。
余談ですけど私は一般教養科目の中でも経済学が大好きで結果「優」でした。レポート返してもらうとき教授から「良く書けてたよ」と言ってもらえました笑。ODAのお題で思っていることを好き勝手書いたんです笑。
そんなことからも経済学に抵抗なかったんですね。私が公務員試験に受かった要因は間違いなく経済学でした。他の受験生は経済学好きじゃないと思うんですよね笑。その裏を突いた形となりました。
今思えば大学に所属しながら公務員試験を勉強しているから精神的な余裕が持てたのかなと思います。大学卒業すれば何らかの就職先はあるだろうという安心感もありましたしね。
なので私にとっては大学はとても有意義な場所だったわけです。
私の事例を見てもわかるように、考え方や使い方の問題だと思うんですね。何も感じずぼーっとしてればそれはどの進路でも無意味だと思いますから。
人それぞれの選択肢はあると思いますけど、大学に行ける環境なら行けばいいと思います。大学4年間在籍中に自分の好きなことを極めたりするのも良いのではないでしょうか。
大学生が起業する、大学内で起業するなんて大学に所属しているからできることですよね。失敗してもリスクがそれほど大きいわけでもない(規模が大きくなれば話は別ですけど)。
今はインターンなんて制度もある、早いうちから会社を見ることができるなんてラッキーですよね。資本主義社会の原理原則を早めに味わったほうがいいです。
やってみて感じてみて変えていく。そのまんまです。インターンで感じて自分の中で変化が出ることもあるでしょう。それができるのも大学生の特権ではないでしょうか。
国家資格取得でも大卒でないと受験資格が得にくいものもあります。これは意外な盲点です。資格なんて関係ないという人ならいいですけど、いざ資格を取ろうと思ったときに受験の要件に該当していないということがあるかもしれません。
一方、学歴偏重すぎるのは問題だと思います。YouTubeで東大受かるための勉強とか教育とかサムネ見ますけど、大事なのは東大に行ってどうすんのってところです。親主導でそれをやっているとしたら私は引きますけどね。本人が面白ければいいですけどね。
私は霞が関にいて東大卒キャリアの栄枯盛衰を目の当たりに見てきましたから笑、学歴が重しになって苦しむこともあるんだなということを知りました。
まとめると私は大学入学を目標にしたことで高校時代勉強が好きになりましたし、入学後も自然と有意義に過ごすように振る舞っていました。
もう30年前の話ですから笑、当時と大学の様子も変わっているとは思いますが「行かなくていい」とまでは言い切れないですね。
ただ行くなら今後の人生の土台作りをするという意識で臨めば大学生活も有意義になると思います。
私の考え方がなにかの参考になれば幸いです。
それではまた!

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