こんにちは!
表題の件、思い出したので書いてみます。
私はイランイスラム共和国に20年以上前に行きました。
どうしてもアケメネス朝のペルセポリス宮殿遺跡を見たかったんですね。
結果見ることができて感動したのですが、もう一つエスファファーンという街にも行きたかったんです。
この街はサファビー朝の首都だった街です。エスファファーンは世界の半分と当時言われていたくらい栄えていた街ですね。
何と言っても王の広間ですね。自分の目で見て圧巻でした。とにかく広いです。そして周りを囲む建造物の精緻さがまた圧巻です。上記のペルセポリス宮殿と王の広間は本当に行ってよかったと今でも思っています。
王の広間を出発点として薄暗く宗教観を感じる感じのバザールが延々と続いています。どこまで行くのかわからないくらいです。モロッコの回廊も入り組んでいると聞きますが、エスファファーンのそれも底知れない感じです。
食器のようなものがありデザインが気に入ったので買おうと思い指をさすと「それは売れない」というゼスチャーをされました。多分イスラム教の神器の一部だったかもしれないです。
トルコで見る華やかなバザールとは一線を画していると思います。私トルコは行ったことはないのであくまでもテレビで見たイメージでしかないのですが笑。
そのエスファファーンからペルセポリス宮殿の近くの街シーラーズまで鉄道で移動しようと思ったんです。
エスファファーンの鉄道駅は市街から離れており、おそらくタクシーで行ったと思うんです。
現在イランの鉄道網は結構発達していると聞きますが、当時はあまりメジャーではなく、エスファファーンの駅も街の規模にしては簡素な駅だったと記憶しています。
そこで鉄道でシーラーズに行きたいと地図とゼスチャーを交えて駅員さんに話したんです。
そうしたら英語でべらべらと話されたのでわからず「slowly」と言うと笑「two weeks later」と単語で区切って言ってくれました爆。
2週間後でないと列車は来ないよということだったのです。思わず2人で笑ってしまいました。
イラン人は日本人より余裕で英語話せます。アメリカと敵対国なのですがアメリカのことはよく知ってますよ。
欧米、特にドイツとは歴史的に繋がりが深いです。イランでトラブルがあると欧米各国は結構複雑な立ち位置になります。
余談ですけどイランに1度でも入国するとアメリカに旅行するときに複雑なビザが必要になります。私は最近それを知りました。死ぬ前までにハワイ行ってみたい気持ちはあるのですが果たしてアメリカへ入国はできるのでしょうか笑
その後ワールドカップの話を私にもわかるように話を振ってくれました。1998年ですからフランスワールドカップの時ですね。
イランもサッカーは熱心なお国柄です。ブンデスリーガにも選手が移籍しています。その駅員さんも中田英寿や中村俊輔は知っていました。日本人は意識が低いかもですけどイランと日本は歴史的にとても深いつながりがあります。イラン側は日本を意識していますよ。
で、イランは強いと思うかと振られたので「強いと思う」と言ったら喜んでくれました。一応ダエイは知っていたので名前を言うとびっくりしたと同時に喜んでくれました。
海外旅行色々ありましたけど「two weeks later」は一生忘れないと思います笑。私にとっては王の広場やペルセポリス宮殿と同等の扱いですね。
電車の時間が遅れたとか命に関わらないトラブルならいい思い出になります笑。海外旅行の醍醐味ですよね。
それではまた!

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