人生、ここにあり!を見た感想

こんにちは!

表題の映画ご存じの方はいるでしょうか。まず映画のタイトルなんです。

この映画を知ったのは精神保健福祉士のスクーリングのときでした。

必ず勉強の中で「イタリアは精神病院を廃止しました」と教わります。精神病院の廃止の中心となったのはバザーリアというお医者さんです。

この映画の背景にはちょうどその動きがあった時代ということがあります。いま政府が躍起になっている精神科長期入院からの地域移行というやつです。イタリアは40年前にそれをやっていたということなんですね。

私がスクーリングに通っていたのが2017年ですからかれこれ6年になります。この映画の作成が2012年だったと思うのでもう10年超になります。ようやく見る機会に恵まれたわけです。

率直な感想は現実的で良かったということです。今まで精神疾患の人と出会ったことすらなかった主人公ネッロからの視点で物語は進んでいきます。

たまたまなんですけど私はネッロの感覚が好きです。実際の支援もネッロに近い考え方で行っています。対象的なのはデルベッキオ医師ですね。医学モデルの申し子というか笑。日本の医療福祉業界にもこういう人は未だ大勢います。

健常障害関係なく得意分野で働けば稼げると思います。それを変な偏見で勝手に決めつけたりさらに自己顕示欲が絡んでいじめなどを行うから(会社がそう仕向けている可能性もあります)おかしくなるんですよね。

住む場所の確保の大変さ、家具購入の際、分割払いが使えないなどの描写がありますが、現実でもあります。

病気だから可哀想な人という一言がどれだけ相手を傷つけるかということにも触れていますね。彼らも人間なんです。可哀相という言葉は上から目線で見下しているし、人間と見ていないとも取れるんですよ。可哀想だから施設に寄付をするってどうなんでしょうかと私は思っています。

原辰徳さんがまだ選手のときだったかの時に「同情されたら終わりなんですよ」ということを言っていて、それがすごい印象にあります。彼の内野フライとともに。

高須克弥さん、高須クリニックの会長さんですね。2ヶ月前くらいですかね、ひろゆき氏が誰かと共同してPCを施設に寄付したことに触れて「実際に行かないと意味がない」的なことを言って論争?になっていたという記事を見ました。

私は高須克弥さん寄りの感覚です。ただお金を出すって成金趣味にしか思えないんです。資本主義ですからお金がないと施設も運営できない現実があることはわかっています。その意味ではありがたいことです。

ただ本当に彼らを人間として尊重しているのであればそれはまだ半分です。訪問して色々話すのが筋だと思います。彼らが感じていることややりたいことを生の声で聞いたほうがいいと思います。

魚をあげるより魚の釣り方を教えるってやつです。日本で地域移行が進まないのはそこがセットになっていないからですよ。収入がない、住む家もないのにどうしろって話じゃないですか。障害者雇用率を闇雲に上げても日本の企業なんて所詮昭和の感性で動いていますからどんどん脱落すると思います。

私個人的には障害年金は収入とみなしていません。収入がないというのは自力で稼ぐための仕事がないという意味で使っています。

挙句の果てが「障害者雇用農園ビジネス」ですよ笑。

この映画には日本の障害者雇用の問題点が凝縮されているという角度でも見ていました。改めて彼らがやりたい仕事ができる環境を作らないといけないんだなと。

私は障害のある人がほぼ支援を受けずに自立して人生を歩んでいくことが一番良いと思っています。平たく言えばノーマライゼーションですね。

なので支援員なんて世の中からなくなったら最高だよねと本気で思っています。

映画で出てくる組合形式、いま時代もその流れに乗ってきていてweb3で言うところの「DAO」が当てはまってくるのではないかなと思います。そして障害のある人と「DAO」の親和性は高いのではないかという仮説が私の中であります。自分の得意分野を持ち寄るというところですよね。

個性が抜きん出ている彼らにはうってつけの組織形態なのではないかと。

こんなことを毎日私は妄想しています笑。

私にとっては気づきをたくさん得られたので良い映画だったという感想です。感想で終わらせず実践していきます。皆さんも機会があればぜひ見てみてください。

それではまた!

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