渋沢+浅野+安善=?

こんばんは!

昨日小田原早川にあるお刺身天国GOGO!に行ったあと、もともと考えていたある遊びがしたくて、小田原で小田急線に乗り換えてまず渋沢へ行きました。

その前にドコモでの私の問題を解決するべく小田原のドコモショップに行ったらあっさり問題解決していただきましたので(本当にあっさりです。私が間抜けな部分も多分にあったのですが優しく接していただきました。本当に感謝です)、気分良く遊びを始めることができました。

まず渋沢で電車の中から駅名標をパチリと撮りまして、次は海老名に向かいます。海老名で相鉄線に乗り換えるのですが、その前にロマンスカーミュージアムへ。入館料900円は高いかなと思いつつ、昔のロマンスカーをどうしても見たかったので入館。

SE車、3000系、3100系、7000系とご対面し幸せな気分になりました笑。

20分くらいであとにして相鉄線に乗り換えます。乗り換えのときに海老名駅前の発展ぶりにびっくり。海老名に住んでいる姉からは聞いてはいたのですが、自分の目で見ると異次元でした。

海老名から埼京線の電車で羽沢横浜国大経由武蔵小杉まで行きます。この路線ができる前は鶴見にも停車するかもなんて話も出ていましたが、乗車して改めて納得。思いっきり鶴見駅構内を走っていますからね笑。

私が見たかったのは羽沢横浜国大駅です。こういう機会でもないとなかなか来ることもないので横浜には目もくれずこの路線に乗りました。地下駅ですので地上の様子はわかるべくもなく。

ただ地上に出たときに横浜羽沢駅(貨物)を見ることができました。時刻表には横浜羽沢という名前が載っていて子供心にどんな駅なんだろうと思いこの年まで経ち、ようやく初対面でした。48年あっという間でしたね。

東戸塚を過ぎてトンネルに貨物線が消えていくのが神秘的だったんですよね。今回しっかり全像を目に焼き付けました。

武蔵小杉で対面の電車に乗り換え、今度は新川崎へ。新川崎と鹿島田の乗り換えを一回やってみたかったんです笑。どんだけ~。

新川崎駅のホームには川崎駅とは6キロ離れていますと書かれていますけど笑。両駅がペデストリアンデッキで結ばれていました。

昔役所にいた時、ペデストリアンデッキの説明を求められて「跨線橋みたいなやつ」と言って笑われた記憶があります笑。

鹿島田につくとすぐに川崎行きの快速が来ました。それに乗って無事に川崎駅へ

今思えば南武線支線で浜川崎に出て鶴見線に乗ったほうが安善、浅野と一筆書きで行けるので良かったんです。電車を降りる必要もなかったし。

そんなことを毛ほどにも考えず笑、京浜東北線で鶴見へ向かいます。鶴見で鶴見線へ乗り換えます。

鶴見線のホーム、ここに戦後がいました笑。昔の横浜・桜木町駅のガード下みたいな雰囲気でしたね。昔の桜木町のガード下は怪しい雰囲気でしたよ。暗くて誰かに襲われても何事もなかったかのような闇が包んでしまいそうな感じ(伝わりますかね)でした。子供心に怖かったですもん。

あの暗さが私にはいい雰囲気でしたけどね。木製の長いベンチがいい雰囲気を助長させている感じがします。

15分くらい待って折返しの電車が来ましたので乗車します。順調に各駅に停車をしていき、目的の一つ浅野駅に到着。ここで社内から駅名標をパチリ。あとはお隣の安善駅で写真を取れば完成です。

そしてついに最終目的地笑安善駅に到着。無事に駅名標を撮ることができました。

で、私が何をしたかったかというと「東亜建設工業の創業者たちの名前の駅名標を撮る」でした笑。

渋沢のところは言うまでもなく渋沢栄一のことで、本当は出身地の深谷にしたかったのですが、深谷が大磯からでは遠すぎて目的達成が夜になってしまいそうなので小田急線の渋沢に切り替えました笑。

浅野は浅野総一郎、安善は安田善次郎です。この2つはマジにその2人が名前の由来です。今の東京湾埋め立ては浅野総一郎の一大事業で、渋沢栄一、安田善次郎が資金提供をしました。東亜建設工業はその時起業した会社です。いわゆるマリコンですね。

この3人は大磯にも縁があるので以前から興味を持っており、今回達成できた次第です(私個人の自己満足に過ぎませんけどなにか、そして深谷…)。

まあお刺身食べ放題から東亜建設工業まで楽しかったですよ、この一日は。鉄分満載でした。

それではまた!

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