こんにちは!
人をはめることばかり考えている人がなぜ人に依存しているのと同じなのか。
はめようとする人の動向に左右されるからです。
先日書いた相手の正体を知らないまま仕掛けていくことがいかに危険かということです。
人をはめようとするときって何かしらのパターンがあると思います。そのパターンではめようとしたときに、その人がそのパターンでハマるとも限らないわけですよ。
ただはめようとする側は相手がハマる状態にいると思いこんでいるわけですよね。
その状態がまさに依存なんです。その状態で相手が少しでも違う動きをしてきたときに動揺して対応できなくなり、逆に自分がハマることになります。
今まさに私の周りでこんな人達が低レベルな争いをしています。
ミイラ取りがミイラになるという言葉は言い得て妙です。得体が知れない物に突っ込んでいくわけですからね。まさにアカギの言うギャンブルの本質そのものですね。無意味な死ってやつです。
ギャンブルだとわかっていればよいのですが、はめようとする輩は自分が頭がいいとか勘違いしてしまんですよね。いうなればニセアカギ平山幸夫のような感じでしょうか。
正義とか義憤とか言う言葉に踊らされちゃう人もやばいですね。正義や義憤という言葉は相手がいるときに使う言葉です。そしてその相手を負かしてやろうと思っているときに出る言葉です。
正義と義憤という言葉は普段口にも出さないほうが吉です。負のパワーワードですから。
そこに起こる心理って人をはめようといろいろ企みを利かせるわけですよね。そこで半分落とし穴にハマっています。
人を呪わば穴二つ、相手と自分の墓穴ということです。仮に相手を打ち負かしたとしてもその後幸せになれるのかは別問題です。精神的に錯乱して自殺してしまうこともあるかもしれません。
これは相手に依存していて、その相手がいなくなるときの空虚感でそうなる可能性があります。
目標を達成したときの虚しさにもにているかもしれないですね。なので私は目標を持ちません。あえていうなら日々できることをやるですね。
日々できることをやった延長線上になにかが起こる可能性があるからです。そのなにかはわかろうはずがないです。わかろうとするのは悪手です。未来に依存しようとしていることになるからです。
情報商材を買うときの心理、ここで数十万円払ってもこの情報で未来何百万円稼げばもとが取れるというところでしょうか。これまた取らぬ狸の皮算用ってやつです。かなりやばい心理ですよね。
これは私もハマった心理なので紹介しておきます。皆さんははまらないでくださいね。
意図的な考えは持たないのが吉です。矢木のようにイカサマで一回うまく行ったからといってもう一度うまくいくとは限らないじゃないですか。相手がアカギでなくても起こり得ることですよ。
最後まとめると自分から仕掛けようとすると得てして状況変化に対応できず返り討ちに遭う可能性が高いということです。
私も普段から用心しています。
それではまた!

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