完璧を求めていませんか。

こんにちは!

これは日本の学校の教育(間違えてはいけない、失敗してはいけないと教えることなど)も良くないと思うのですが、完璧を求める人が多いような気がします。

子供の時からずーっと疑問でした。なんで失敗してはいけないんだろうって。

考えてもみてください、テストで100点取る子がクラスにどれだけいたかって話ですよ。この時点で矛盾しているんです。

失敗するなということはクラス全員が100点取らないとおかしい状態なわけです。現実そうはなっていませんよね。それが健全なんですけど。

こういう考え方で苦しめられている人たちがどれくらいいるかと思うと不憫ですよね。

いまや学校って先生も生徒も苦しい環境になっているのではないかと思います。先生も離脱しますよね。

発想が明治時代の富国強兵なわけですから。兵士養成学校というイメージですよ。それなのに社会に出たら自由な発想で仕事をしてくれなんて要求する方もおこがましいですよ笑。

がんじがらめになっていた人たちにいきなり自由を与えてもそれはうまくいかないですよ。フロムの自由からの逃走状態。

だからホリエモンが0高を作ったわけですよ。子供の時の自由な発想がとても大事です。正直大人が思考を押さえつけている構図になっていると思います。勉強しろとか言っておけば楽ですからね。

親も思考から逃げてるんですよ。親もどんだけって感じですよ、大したこともないのに。子供の将来を押し付けるなんておこがましいです。

ようやく近年は「人間は失敗する生き物」という認識が世の中に出てきたので少しは良くなったと思います。

前にも話しましたけど大学受験の時に満点を取らないと合格できないのでしょうか。そんなことはないですよね。

かのアインシュタインも「神様は言葉以上のものではない」と言っていました。だってそうじゃないですか、全知全能の神様がいたら争いごとは起こらないと思うんです。でも現実はどうでしょうか。

続いてアインシュタインは日本の八百万の神的な存在は認めています。私も八百万の神様的な考え方が好きです。裏を返せば完璧な存在はいないことを表しているからです。

完璧を求めすぎるといろいろなところに不具合が出てきます。うまくできていると思いますよ、人間の体って。

明石家さんまさんが辞書から努力という言葉をなくしたいと言っていました。努力なんて口に出して言う言葉でもないし、概念として存在もしないですね。

自分も言ってはいけないし、人に言わせてもいけない言葉が努力だと思います。努力しています、一生懸命やっていますってどういう時に使う言葉ですか。おそらく言い訳しているときに使う言葉ですよね。それを人に言わせている自分を恥じたほうがいいですよ。

今日の自分が自分史上一番最高なんだというさんまさんの言葉や好きなことだけやって生きていけというホリエモンの話は土台が同じなんですよね。

そしてさんまさんと同じく自分もハードルを低く設定しているので悩むことはないです。悩むのは自分を過大評価しているから、全くその通りです。

前述しましたけど、全知全能の神がいないなら人間なんて大したことないと思いませんか。なんでもできるスーパーマンじゃないんですよ。

しかしホリエモンは各地に飛び回っていますね笑。その行動力が出会いを引き寄せて違う方向に展開していくんでしょうね。犬も歩けば棒に当たります。まさにやりたいことをやってますね。見ていて面白いし自分も実践したいと思います。

しかしビジットジャパンの動画は面白かったですね。当分頭から離れないかも笑。

私は転職したばかりなので、今できることを愚直にやっています。そこにはやましい気持ちもないし、背伸びもしないでやっています。仕事楽しいですよ。

ここで認められたいとか自分をよく見せようとか思ったら落とし穴が必ず待っています。

テンパっている10割よりも肩の力を抜いている6割のほうが仕事の出来栄えは良いです。これは私の経験上ほぼ間違いないです。

私も物を置くのは嫌いな方ですけど、自宅には適度にものがあります。別にいいじゃないですか、余計なものがあったって。

この前行った都留市で久しぶりに外食しましたけどおいしくて感動しました。チェーン店の牛丼屋は外食として正直うーんって感じですけど、おいしいものをそれなりの値段で食べることもいい経験になるなと改めて思いました。

健康的な生活も大事ですけど適度なバランスが大事です。完璧を求めてはいけないです。

あのアカギですら浦部の回で代打ちに入ったとき「負けて困るのは後ろのやーさんだけだ。もっと気楽にうちゃいいんだよ」と治に言っています笑。

もう少し気持ちを楽にしていきたいですね。

それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました